2007年10月 5日 17:49

北野天満宮ずいき祭

北野天満宮ずいき祭は、数ある京都の秋祭りの先陣を切って十月一日から四日間にわたって行われます。「ずいき祭」の名称は、祭礼期間中御旅所に奉安される「ずいき御輿」に由来します。

「ずいき御輿」は、里芋の茎である「茎苗英」で屋根を葺くことからその名がありますが、その他の部分も柱、瓔珞に至るまで、全て野菜や湯葉、麩などの乾物で装われ、御輿の周囲には、新穀で作られた人物花鳥獣類が毎年異なった趣向をこらして飾り付けられ、人々の注目を集めています。


御輿の型は、もともとは八角形の葱華輦型で、江戸時代初期に六方鳳輦型に、その後四方千木型に変わりました。


もともとは西ノ京に住んでいた天満宮の神人が、余暇に自作した作物を草花を飾り付けて天神様にお供えし、五穀豊穣を祈願したことに始まると伝えられる。


里芋の茎である「ずいき」


最盛期には、その数八基に及んだと伝えられていますが、今日では「ずいき御輿保存会」の手で西ノ京の御輿が継続しているのみとなっています。


行列の五番目をゆく導山


十月三日に行われる「甲御供奉饌」。


北野天満宮・社殿(国宝)御祭神菅原道真公をお祀りする本殿。桃山建築の代表。現在の社殿は、慶長十二年に造営されたもの。


三光門(重要文化財)御西天皇御宸筆「天満宮」の勅額を掲げてある。


牛は天神様の神使(お使い)

このお祭りは、室町時代より続いている西ノ京を始めとする氏子が支えるお祭り。改めて歴史の深さと地域に根ざした行事であることを知りました。
「おいでまつり」の別名が示すように「大宰府で御隠れになった菅原道真公の御霊が神様として初めて北野の地においでになる」という御鎮座の由来を回顧し、御神霊を「お迎えする」ことで、氏神として天神様を改めて意識し、感謝する心が育まれる。
これからの世の中においても地域に密着し、神仏に対して感謝の気持ちを大切にする事が、必要とされているのではと感じました。


龍野 信也(龍泉)